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【起案術】じゃあ、どうやって構成すればいいの?(1)

随分前に書いた「起案の構成は死ぬほど大事」という話。
では、具体的にどのように書いて行ったらいいのかという点について、
今回は書いてみたいと思います(相変わらず私見ですが。)。
このテーマについてはずいぶん久しぶりなので、
自分でもどんなことを書いたらいいのかを思い出しつつ…。

前にこういうことを書きました。

「全体の構成を行う中で
記載の要否や順序、各記載ごとの分量(文量)を十分に検討し、
また、実際の起案に際しても
適度な改行や小見出しの活用、
そして事実と評価の峻別といった点を
意識する必要がある」


で、今回以降は構成の各論として
「記載の要否」
「記載の順序」
「各記載ごとの分量(文量)」
「適度な改行や小見出しの活用」
「事実と評価の峻別」
について順に書いてみたいと思います。

で、まず今回は「記載の要否」について。

訴状でも、答弁書でも、準備書面でも、
およそ主張書面においては、
「書く必要があることは書かなければならないし、
書く必要がない事項は書いてはいけない」

というルールがあります。

そんなことは当たり前じゃないかと普通は誰でも思うわけですが、
これが守られていない起案というのは非常に多い。


まず、「書く必要があるのに書かれていない」というケース。
これは、端的に要件事実に該当する事項が
全く主張書面から抜け落ちているという場合が考えられます。
それには、そもそも要件事実の主張自体がない場合
(いわゆる「主張自体失当」)もあれば、
事実の主張はあるけれども
それの裏づけとなる具体的事実が記載されていないという場合もあります。

もっとも、
パンツ履き忘れて裁判所に行く弁護士がそう多くないのと同じように、
この「書き漏らし」の方は、
弁護士としての判断能力や知識、情報リテラシーが正常でありさえすれば
比較的気付きやすい(犯しにくい)ミスであるといえます。

また、要件事実が抜け落ちている起案というのは、
たとえば訴状なら補正命令(民訴法137条1項)がなされますし、
準備書面でもどこかの段階で裁判官・担当書記官から何らかの指摘が入ります。
(これは「ありがたいこと」ではなく「恥ずかしいこと」です。)

さらにいえば、必要な事実の主張がなされていないっていうのは、
「起案の読みやすさ」以前の問題であるとも言えます。


むしろ「起案の読みやすさ」という点でより多く問題となるのは
逆のパターン、つまり「書かなくていいことを書いている」というものです。
これは、「本当に伝えたい内容が余事記載に埋もれてしまう」というだけでなく、
起案全体を無駄に長くしてしまうため、
「起案の読みやすさ」という点では致命的です。

この点、弁護起案を行う上で、
「この予備的抗弁は出すべきだろうか?」
「この反論の事実や証拠の存在を今の時点で指摘すべきだろうか?」

と悩む場面は結構多くあろうかと思います。
このレベルの悩みは、知識と経験に基づいて適切な解決を出せることが多いですし、
ここでの判断の誤りそれ自体が「起案の読みやすさ」
直接影響する場面というのはそう多くないのではないか、と私は思います。

他方で、「起案の読みやすさ」に深刻な影響を及ぼす余事記載というのは、
大きく分けると以下の2つに集約されるような気がします。
(1)主要事実でも事情(間接事実・補助事実)でもない
 なんの意味があるのかわからない記載
(2)主要事実か事情のいずれかには当たりそうだが、
 証拠・根拠に基づいていない、あるいは書く必要が極めて乏しい記載

まず、(1)に関してですが、
私は、原則として主張書面の部分では
主要事実(要件事実)、間接事実、補助事実のみを記載し、
これらのいずれにも関連しない事項は書くべきではない
と思っています。

yojikisai.jpg


なぜなら、これらに関連しない事項は
民訴法や民訴規則上も、書面に記載されることが
予定も期待もされていない
からです。
また、そもそもそのような記載は立証の上でも全く無意味です。
(逆に言うと、「立証上意味がある」のであれば
間接事実や補助事実に該当するはずです。)

具体的な例を挙げると
・争点と関係ない事実関係の説明をダラダラと書く
・相手方の訴訟態度について大々的に批判を展開する
などです。

この点、数少ない例外として、和解協議のための参考事項(資力の有無等)を
準備書面にいわば予備的に記載するということはありうるのかな、と思います。
(とはいえ、最近の消費者金融のこのテの
「泣き落とし的記載」のしつこさにはどうかと思いますが…。)

それから、(2)に関して言うと、
たとえばよくあるのが
・代理人の憶測の域を出ないストーリーを展開
・出所のはっきりしない伝聞の話を間接事実として記載
・極めてマイナーな(あるいは社会的コンセンサスの有無が不確かな)
 事項を「公知の事実である」と強弁
などでしょうか。
また、裏付け・根拠となる資料が存在する事実の主張であっても、
そのような資料が証拠として提出されていない場合には
結局は余事記載です。
証拠が提出されていない以上、判決の基礎には成り難いという意味では
先の例と変わるところがないからです。


このような余事記載は「起案の読みやすさ」にも悪影響を及ぼすものですが、
結局は、「争点や要証事実を正しく理解・選別できていない」という印象を
読み手(裁判官・相手方代理人)に与えてしまうことになり、
結果として起案者自身の評価を大きく下げさせてしまうことにもなりかねません。
(実は、依頼者の意向もあって余事記載を余儀なくされるというケースもあり、
そういう場合においてはなかなか難しいところですが…。)

なので、起案の構成を考える上では、
まずとっかかりの部分で、
「この記載は書かなくていいのか?」
「本当にこの記載は必要なのか?」

ということを充分に検討する必要があるのです。

これが終わったら、次は
「どのような順番で記載していくか」の検討に入ることになります。


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【起案術】構成は大事。死ぬほど大事。

読みやすい理解しやすい起案という観点から考えた場合、
全体的な構成をどのようにするかということは
きわめて重要です。

ところが、この起案の構成という点は、
人によってはかなり雑なことがあり、
起案の善し悪しを考える上で
非常に個人差の大きい要素ではないかと思います。

たとえば、読みにくい、ないし理解しにくいと感じる起案には
単に書きたいことを随筆のようにずらずらと書き連ねているものがあります。

このような起案は、改行や小見出しの挿入が適切に行われていないため、
ページの全行がびっしりと文字で埋め尽くされており、
見た瞬間読む気が失せてしまうものが多くあります。
(私はこのような起案を、その見た目から
「海苔のような起案」と呼んで忌み嫌っています。)

nori.jpg

このような、「構成がきちんとしていない起案」の原因としては
大きく分けて以下の二つのような要因が考えられます。
・そもそも重要な事実とそうでない事実が頭の中で整理されていない
・客観的事実とそれに対する(法的)評価とを分ける考え方が
 身についていない(=法的三段論法ができない。)

そして、この「海苔起案」
ちゃんと読んでもらえない
②本当に伝えたい内容が伝わりにくい
認否がとりにくい
検索性が下がる
という起案として致命的な欠点があります。

このうち、①と②の意味はわかりやすいと思うのですが、
問題は③と④です。

③の「認否が取りにくい」というのは
請求原因・抗弁・再抗弁等の事実に対する認否が
不明確になってしまうということで、
裁判所・書記官泣かせの起案の典型です。
また、認否を適切にとってもらえないということは
自分にとっても主張を正しく理解してもらえないという
見過ごせないデメリットがあります。

そして、これは事実と法的評価がきちんと分けて論じられてなかったり、
自分の主張や相手の主張を要件事実レベルできちんと
吟味・検討出来ていなかったりする起案の場合によく生じる問題です。

ときどき、控訴審になってから、
自分の書いた書面のわかりにくさを棚に上げ、
「一審判決では『反論主張が無い』と書かれているが、
一審での第○準備書面の何頁できちんと反論しているだろう!」

えらそうに主張している弁護士がいますが、
こういうのを恥の上塗りというのです。
(自分の今までの印象では、
わかりやすく明確な認否をしている限り、
裁判所がこれを見落とすということはないように思います。)

そして、④の検索性の低下についてですが、
基本的に民弁起案というものは、
反論の際や判決起案の際に
読み手(相手方や裁判官)が何度も読み返すことが
前提
となっています(この点でも起案は小説とは大きく異なる。)。
また、自分も証拠調べに入る前や結審前に、
あるいは各期日前にそれまでに提出した主張内容を確認するため、
今までの書面を必ず読み返すはずです。
(これをしていないと、認否落ちや主張漏れという手痛いミス
につながります。)

このように起案というものは
出したあとでも「あの主張はどこに書いてあったかな…」と見返すことが多いので、
どの頁も一見して記載内容が明瞭にわかるものである必要があるのです。
ところが、全面真っ黒の海苔起案ではそれが出来ません。
(この点を一番感じるのは判決前に主張書面を読み返す裁判官ではないでしょうか。)

結局、起案の構成を充分に検討するということはすなわち
読み手をちゃんと読む気持ちにさせ、
伝えたいことをきちんと伝え、
相手方主張に対する自身の認否を明確に示し、
かつ、あとから読み返してもわかりやすい書面にするため

といえると思います。

そしてそのためには、全体の構成を行う中で
記載の要否や順序、各記載ごとの分量(文量)を十分に検討し、
また、実際の起案に際しても
適度な改行や小見出しの活用、
そして事実と評価の峻別といった点を
意識する必要があるのです。

この構成の実践面については次回以降に書きます。

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【起案術】起案とはどういうもの?

引き続き、起案の際の心構えについて。
(最初に断っておきますが、以下はあくまで弁護士中村真の持論(ないし自論)です。)

起案をどのような書面と捉えるかという点は、
その出来・不出来に少なからず影響するように思います。


私が修習時代から何人かの実務家に言われたことは
「起案はJへのラブレター」だということです。

J、つまり裁判官に対して自分の想いを伝えるために書くもの
それが起案だというのです。

kian02.jpg

もっとも恋文にも良いものとそうでないものがあるわけで、
ここで目指さないといけないのはもちろん良いラブレターです。
では、それはどういったものか?

取り方は色々あると思いますが、自分としては次のように思っています。

1.自分の思いの丈をストレートにかつわかりやすく伝えるものであること
ラブレターと同じで、
起案は意中の相手(裁判官)に
自分の思っていることや考えていること(主張)を
適切に理解してもらえるものでなければいけません。
そのため、起案は出来る限り
読みやすく理解しやすいものでなければなりません。
なので、回りくどい言い方は極力避ける必要があります。
(※この「読みやすく理解しやすい」という点については
また回を改めて書こうと思っています。)

それ以上に大切なのは余計なことを書かないこと。
余事記載は、無駄に書面が長くなり読みやすさを損なうだけでなく、
争点を正しく理解していないという誤解を読み手に与え、
悪くすると「弁護士としてのセンスの無さ」を印象づける結果にもなりかねません。
(後にも書きますが、書面が与える起案者の「印象」というものは
弁護士業務上、かなり重要だと思っています。)

起案は小説やエッセイではありません。
伝えたい内容に直で切り込む勢いが必要です。

2.書面だけで一応本意が伝わるものであること
人がなぜラブレターなどというものを書くのかというと、
これは面と向かって口で想いを伝えることが出来ないからです。
これを起案についてみると、
民訴法上、訴えもその変更も、口頭弁論も
すべて書面でしろということになっております(書面主義、民訴法133条、同143条、同161条)。
なので、「原則、書面だけで伝えないといけない」という点は
ラブレターも起案もものすごく似通っています(全然強引ではありません。)。

で、形式上、「書面でせよ」となっている以上、
書面だけで一応意味が通る内容にしておく必要があるわけですね。
また、なぜ民訴法が「書面で」と定めているかというと
主張内容を明確化させるためです。

そういう意味では、
「読んだけどそれだけではいまいち意味がわかんねぇや(´・ω・`)」
という書面は、起案としては失格ではないかと思います。

ときどき弁論期日なんかで裁判官から
「ここの主張はどういう趣旨で書いてるの?主張としての位置づけは?」と
釈明が求められているところを見たりします。
そんなとき、質問された代理人が
(わかってねぇなぁ…と言わんばかりに)
「そこは原告の訴状○○頁の主張に対する抗弁で、
こちらは事情として書いています(`・ω・´)」
と滔々と説明していることがありますが、
それならなんのための書面かと感じてしまうわけです。
(期日でのそのようなお粗末な説明を調書に取らされる
書記官にとってはいい迷惑だと思います。)

もともと、司法試験受験時代から
「論文答案は試験官へのラブレター」だと言われていました。
「試験官に対しては、口頭で答案の内容を補足できないんだから、
答案だけできちんと意味がわかってもらえるような書き方をせよ」という意味ですが、
このことは民弁起案にもそのまま当てはまるような気がします。

起案は詩や短歌ではなく、ましてや謎かけでもありません。
読んだ人に「これはどういう意味で書いているんだろう?」と
頭をひねらせてはいけないのです。

3.自分の良さを十分にアピール出来る内容であること
ここでいう「自分の良さ」というのは
起案では「自分側の主張の合理性」という意味になります。

民弁起案というものは
一方当事者の代理人である弁護士が書くものなので、
自分の依頼者の主張を説得的かつ強力に
アピールできる内容である必要があります。
(わかりやすく言うとコンペでのプレゼンのようなものです。)

そういう意味では、民弁起案というものには
純粋な中立性というものは全く求められていません。
もちろん主張内容が全て妄想だというのでは
書面を出す意味がないので(そんな人が弁護士やってる意味もありません。)、
主張の客観性(=客観的裏付けがあること)は必要ですけれど…。

読んでいてイマイチだなぁと感じる起案の類型として
「必要以上に中立的な立場から書かれた起案」というものがあります。
極端な例を挙げると、
思考の出発点を証拠に置き、
「確かに、被告のいうことも一理ある。
こちら(原告)の説明内容には一見不自然な点もある。
しかし、これらの証拠に照らせば、原告の主張が正しいと言わざるを得ない」

という類のものです。

「A(自分側)とB(相手方)とを離れた地点から見比べると
Aは合理的。一方、Bは間違っている」という論の運びは
一見、客観性を保っているように見えますが、
起案上でこれをやってしまうと、
(実質的には同じような内容を書いていたとしても)
主張自体の説得力は大きく削がれてしまうように感じます。
(私の後期修習でも民弁教官が「最も駄目な起案」として
この「当事者性の薄い起案」を挙げていました。)

やはり「Aが正しい」ということを
一方当事者としての立場から声を大にして伝え、
正々堂々とBの矛盾点を突くのが正しいのではないかと思います。

事件の相談を受ける段階では、
「どのような証拠があるか」、「相談者の主張は客観的証拠と矛盾しないか」
という視点は極めて重要ですが、
起案の際にはこのスタンスは当てはまりません。

繰り返しになりますが、代理人は一方当事者の味方であり、
最終的に主張の当否を判断しうる立場にはありません。
上記のような「中立起案」
民事訴訟の構造(Jが判断権者)を捉え間違っているように感じますし、
なにより「一方当事者の味方(但し有料)」という
弁護士の重要な役割を放擲したものではないかとさえ思うのです。
「お前、一体どっちの味方やねん」という。

起案は評論でも解説文でも報告書でもありません。
「読み手に選んでもらう」という態度ではなく、
「読み手に自分の選択肢を選ばせる」という態度が重要です。

4.読み手に良い印象を与える内容であること
今までの1~3に重複する部分もありますが、
実はここが一番重要だと思っています。
起案から受ける印象というものは
起案者である弁護士自身に対する裁判所の評価にも
大きく影響することになります。
(多数の事件を抱える裁判所の弁護士に対する評価は、
「書面がきっちりしているか否か」で結構シビアに分かれるようです。)

当然のことながら、
不親切説得力が無く独りよがり居丈高誤字も多い書面ばかり書いている弁護士は
シャープ・スマートでないという印象を持たれてしまう危険性が高く、
逆に簡潔・明瞭で読み手に好感を与える書面が得意な弁護士は、
弁護士としての全体的な力量にも信頼を寄せてもらえるようになります。

そして、重要なのは、
この起案から生まれる「印象」というものが、
その事件のみならず、弁護士業務全体にさまざまな影響を及ぼすという点です。
(この辺は、突き詰めると多少生臭い話にはなりますが。)

そして、「起案はラブレター」という言葉は、
「読み手にいい印象を持ってもらう」という点にこそ、
真の含蓄があるのではないかと思うのです。


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【起案術】起案力の重要性について

民事弁護で重要な能力って色々あると思いますが、
個人的には、交渉力尋問能力、それから起案力の3つだと思っています。
(「判断力」なんてのはどんな場面でも要求されるし、
もっとミクロなレベルの話だと思うので。)

これらの能力ってどれも個人差があるけれど、
大多数の弁護士にとって一番重要になるのは
実は「起案力」じゃないかと思います。

特に、少なくない裁判官が
「尋問に入る前に8割方心証は固まっている」
(主に飲み会の席で)口にしていることからすれば、
訴状・答弁書や準備書面といった
主張書面の読みやすさ、わかりやすさは
事件の帰趨を決する上でかなり重要度が高いんじゃないかと思います。

また、依頼者に対する関係でも、
書面がわかりやすいということは
自分の依頼事件がどのように処理されているかを理解しやすくなるので
弁護士との信頼関係にもいい影響を及ぼすんじゃないかと。

なので、自分としても、
書面を書く際はできる限り
読み手のことを考えて、読みやすくかつわかりやすい文章を
作るように自分なりに気をつけています。

逆に、読みにくい、ないしわかりにくい書面というのは
「読み手のことを考えていない」書面、
例えば、
・無駄に長い、冗長
誤字、脱字、不正確な表現が多い
構成が混乱している
不親切な表現が多い
といった書面ではないかと思います。

kian01.jpg

この点、尋問技術や交渉術なんかについては
いろんな解説本、マニュアル本が出たりしていますが、
自分で探したところ、このような起案術「起案力」と言ってもいいかもしれません。)
に関してまともに真正面から正々堂々と取り組んだ書籍というものは見当たりませんでした。

その理由としては色々考えられますが、
起案力(起案術)の重要性についての理解が無かったり、
あるいは業務の中で自然と身につくものだからといった考え方があったり
という点もあるのかも知れません。

ところが、最近は弁護士急増のせいか、
先輩弁護士の指導による適切なOJTを受けることも難しくなり、
起案についても添削を受けられる機会が少なくなっているように思います。
(読みにくい書面は何も若手弁護士に限った話ではないですが…。)

そこで、自分なりに起案をする際に心がけている点なんかを、
これから、主に形式面を中心に書いていけたらなぁと思っています。不定期で。
新規登録弁護士の方なんかには参考にして頂けるような気がします。

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プロフィール

弁護士中村真

Author:弁護士中村真
神戸の弁護士・中村真(なかむら・まこと)のBLOGです。
かつては複雑な法律問題などをわかりやすい絵で親切に解説しているつもりでしたが、最近はそうでもないです。自宅マンションに鳩が来るのが悩みです。

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