遺贈と持戻し

コニチワ、ミナサァーン。

個別の事件以外では
なるたけ
敵を作らないことにしている
弁護士中村真です。
みなさんお元気ですか。
地裁のトイレでタバコ吸ったり
してる子はいないかにゃ?


しばらく更新が途絶えていましたが、
その間、当職はただ一つのことを
考え続けてきました。


遺贈が
特別受益の持戻しの
対象となるか

という問題です。



特別受益の持戻し(民903Ⅰ)は、
共同相続の場面で
各相続人の具体的相続分を算出する際に、
相続人らが過去に受けた特別受益の価額を
相続開始時の相続財産に
加算する処理を言います。


特別受益となる生前贈与は、当然
「持戻し」の対象となりうるのですが、
では、遺贈等(遺贈と死因贈与)は
「持戻し」の対象となるのか
というのが今回のテーマです。

ここは実務では
見解が分かれています。


今回は少し長くなりそうなので、
先に私の結論を。



ketsuron01.png


その理由ですが、
個人的にいくつかのアプローチを
考えてみました。

1 語感からのアプローチ

「持戻し」という言葉は
決して一般的ではありません。
日常会話で使うことはありませんし、
相続の場面以外で聞くこともありません。
他に流用もできません。
物流で「持戻」という用語がありますが、
どうやらそれとはずいぶん違うようです。


donburako01.png


かように、
針の先の微生物の繊毛の毛先ほどに
使いどころが限定される
使えない単語であるにもかかわらず、
この「持戻し」という言葉は
その意味するところを
予備知識なく正確に捉えることは
困難です。だって、普段使わないから。


ここで手がかりになるのは
その語感ですが、
「持戻し」という言葉には、
「既にどこかに行ったものを
持って戻ってくる」イメージ

場面に即してより具体的に言えば、
逸出した価値を取り戻すという
強いイメージが伴います。

ただ、観念的な処理を指す言葉であるのに
「持つ」というヒトの物理的な動作を意味する表現を
入れてしまっているがために
かえって「持戻し」の実像が見えにくくなっています。
誰が言い出したのかはわかりませんが、
全く、余計なことをしてくれたものです。
(我妻榮大先生だったとしたらごめんなさい。
ほかの人だったら謝りません。)



「逸出した価値を取り戻す」というところに
話を戻しましょう。

「特別受益の持戻し」は
相続開始時を基準として問題となりますから、
それより過去に行われた生前贈与は
「持ち戻す」余地がある。
これはわかります。

ところが、
相続開始や遺言の効力発生によって
初めて権利変動が生じる死因贈与、遺贈は、
その原因となる始期付贈与契約や
遺言がどれだけ前に行われていたとしても
「持ち戻す」というには
かなり強い違和感があるわけです。

だって、
相続開始の時にまだそこにあるんだから。

せっかくですから、
ここは親族・相続法的に
考えてみましょう。
そう、まだ実家に帰ってない嫁さんは
連れ戻す必要がない
のと同じですね。
だって、まだそこにいるんだから。



2 条文からのアプローチ


語感を捉えたら、
次は条文を見てみましょう。
わからなくなったら条文に戻る。
敗色濃厚なら和解を狙う。
法律家の基本です。



903-1.png



条文をみると
最初の部分(①)と
終わりの部分(③)では
「遺贈」「贈与」が区別して
書かれているにも関わらず、
「持戻し」に言及した中程の部分(②)では
「贈与の価額」だけが加えられる
(=持ち戻される)と書かれ、
意図的に「遺贈」が除かれています。

ここはできるだけ
シンプルに考えてみましょう。

baloon.png

これすなわち
(相続開始によって効力を生じる)遺贈等は
「被相続人が相続開始の時において
有した財産の価額」に
既に含まれているからですね。





「遺贈・死因贈与も相続開始の瞬間に
権利変動が生じるんだから
『相続開始の時において有した財産』に
含まれないんじゃないの?」

余計なことを考えつく人もいるかもしれません。


しかし、条文上
「被相続人が相続開始の時において有した
とされているということは、
まだ被相続人が
かろうじて所有権の帰属主体である
(=よく見たらちょっとは生きている)瞬間

念頭に置いていると言えそうな気がします。
だから、観念的に見てやはり
遺贈等による権利変動が生じる前だと思うんですよ。
全体的に見ると相続は開始してるんだけど、
注意して見たら、あれ、この人
実はまだちょっとは生きてるんじゃない?
っていう状態。


ちなみに、この説明は
自分でも「たぶん違うな」と感じています。
なんだよ、「ちょっと生きてる」って。



もう一度条文に戻りましょう。
わからなくなったら条文に(以下略)

「相続開始の時において有した財産」
という表現は、後の
寄与分の定め(民904の2)でも出てくるんですが、
そこではこれに遺贈(等)の価額が
含まれていることが明示されています(同Ⅲ)。
おんなじでしょ?それと。





3 裁判例・学説の状況

このあたりで、一度裁判例の動向と
学説を概観してみましょう。


最高裁判決には(生前贈与とともに)
遺贈等も持戻しの対象となることを
前提としたものなどが見られます。

学術書や実務家向けの書籍にも
生前贈与・遺贈等を区別せずに
「持戻し」の対象となるとしているものが
結構あります。

メジャーなところでは
日本評論社『別冊法学セミナー no.245
新基本法コンメンタール 相続』

「遺贈は、その目的如何に関わらず、特別受益財産として、
持戻しの対象となる。」(p.70)
があります。






他方、民法の大家中の大家、
窪田充見先生の著書
有斐閣『家族法(The Law of Family and Succession)』には
以下のような鋭い指摘があります。

「まず、遺贈は、自動的に、特別受益として扱われる。」
(この点、よく間違えるので注意してほしい)。」(以上、p.397)
「さて、このような相続開始時の積極財産に、
遺贈を除く特別受益を加算するというのが、
特別受益の持戻しである。
遺贈については、すでに説明したように、その分は、
相続開始時の財産の中に含まれているので、
このような持戻しは不要である
。」(p.401)




※前記の引用は初版第1刷からですが、
今は第3版が出ているようです。


これを便宜上、窪田説と言ってしまいますが、
ほかにも同様の見解に立つ文献はかなりあります。

有斐閣『相続の法律相談(第5版)』(ちょっと古い本)
「なお、遺贈については、
生前贈与のような
持戻しということはありませんが、」(p.97)

青林書院『遺産分割・遺言の法律相談』
「遺言で遺贈することにしたものも、
相続開始のときには被相続人が有していたものとして
相続財産に含めて考えますので、」(p,51)








さて、最高裁と窪田説、
いずれをとるべきでしょうか。




kuboatsu.png




この点、判例や学説で
「持戻しの対象となる」とするものは、
いずれも理論的な説明や、
条文の文言との整合性は
さほど重視されていないように思われます。

民事法では、具体的妥当性を導くという理由から
条文の字義とは異なるある種技巧的な解釈
比較的緩やかに
認められてしまう部分があります。
(例えば、「時効」を「除斥期間」に読み換えるなど)

もっとも、こういった
条文を離れた解釈は
安易になされるべきではありません。
よほど一般的妥当性が損なわれるという場合でない限り
極限まで、条文の表現に整合的な解釈・運用が
とられるべきだ
というのが私の考えです。


そして、民903Ⅰでは明示的に
遺贈(等)は持戻しの対象から除外されているのです。
これと異なる理解・結論を採るのであれば、
それに見合った説得的・合理的な説明が
まずなされなければならないはずです。





saikousai01.png





そしてもう一つ、私の中で
どちらの説が正しいかを
結論づける決定的とも言える要素があります。
それは私が窪田先生の
ゼミ生だった
という点です。


さらにいえば、
窪田先生のお宅は
私の家からちょっと無理したら
歩いて行けなくもないくらいの
距離にあります。


一方、最高裁の方は
今のところ、
司法修習生として採用してくれた
という恩義がある程度です。
(しかももう10年以上前)




saihan01.png







そうなると、もう、アレよね。
私がどっちに立つかは明らかよね




ketsuron01.png








4 実務への影響


さて、この点は何か実務に影響するのでしょうか。
ここからは純粋に一実務家としての意見です。


遺贈や死因贈与が持戻しの
対象とならないということは、
それらは持戻しを観念するまでもなく
当然に特別受益になるということです。
この場合、被相続人による持戻し免除も
本来、問題となる余地はないはずです。



igon.png



たしかに、高裁レベルですが、
明示的に、遺贈が持戻しの対象となるとした上、
その持戻し免除の意思表示のあり方に踏み込んで
真正面から問題にしている裁判例もあります。
(大阪高等裁判所・平成25年7月26日決定)


現実問題として、
「これは遺贈で妻にやりたいが、
子らにはもともと無いものとして
考えて欲しい」というように、
遺贈の対象財産を
みなし相続財産に算入しない扱いを
希望する被相続人もいるかもしれません。



…うーん、気前良すぎて、
却って相続に火種を残さないか気になります。



pointcard.png



ともあれ、そういった被相続人の
意思(遺志)は
遺留分とかに反しない限り
できる限り尊重したいところよね。

特に依頼で動く実務家としては。



ただ、遺贈等について
みなし相続財産へ算入しない扱いをとるとしても、
それは「持戻し」以外のカタチで
説明がなされなければなりません。
だって、どこまで行っても
現にそこにあるものに「持戻し」は
おかしいから。





Otorioki.png


よくない?
遺贈等のお取置き
昨日、お風呂で考えました。

これ流行んねーかな?
「持戻し」なんていう奇っ怪な言葉自体
講学上生まれた言葉なんだろうから、
別に「おとりおき」でもいいよね。
ご興味をもたれた最高裁判事様は
当職までご一報を。





toritsukare01.png



と、ここまで縷々述べてきましたが、
あまり議論がヒートアップして
「遺贈持戻し学会」とか出来ても
寝覚め悪いから、
今日はこの辺で。

心を鎮めて
明日からまた頑張ろう(^^)/


khj.png




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【役立つ!】相続債務の弁済と法定単純承認

相続の場面で、被相続人に多額の債務がある場合、
多くの人は相続放棄(民法915条1項)を選ぶはず。

ただ、相続放棄の手続をとる場合に注意しなきゃならんのが
法定単純承認(民法921条)
たとえば、「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」には
単純承認をしたものとみなされるので(同法1号)、
結局、相続人は自分が相続債務を負わないという主張ができなくなる。

ちなみに、この「相続財産の処分」(民法921条1号)で
法定単純承認の効果が生じるのは、
「相続人が自己のために相を開始した事実を知りながら相続財産を
処分したか、または少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を
確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要する」
とされています。
最高裁判所第一小法廷・昭和42年4月27日判決・判タ208号102頁等

なので、相続開始の事実(被相続人死亡の事実)を知らずに
使っちゃった場合はこの1号には当たらないことになります。

あと、ここでちょっと疑問に思ったのが、
この「処分」に「債務の弁済」はあたるのかということ。

つまり、被相続人の債務を相続人が支払うと
法定単純承認の効果が生じるのかどうかですが、
結論からいうと「債務の弁済」そのものは保存行為であって
「処分」ではないのでこれはあたらない


ただ、相続債務の弁済に充てる金を相続財産から支弁している場合
そのことが「相続財産の処分」に当たってしまいます。

なお、過去の事例を見ると、
被相続人名義の生命保険契約の死亡保険金から
相続人が相続債務を支払ったという事案で
この法定単純承認の成否が問題となったというケースがありました。
当該事案では、生命保険契約自体は被相続人が付保していたものでしたが、
被保険者(被相続人)死亡の場合の保険金受取人の指定がされておらず
かつ、約款上、「死亡保険金を被保険者の法定相続人に支払う」旨の
条項があった
という事情がありました。

そして、この事案において、
福岡高裁宮崎支部平成10年12月22日決定
上記約款の条項について
「被保険者(被相続人)が死亡した場合において
被保険者の相続人に保険金を
取得させることを定めたものと解すべき」として、
支払われた死亡保険金を相続人固有の資産(=「相続財産ではない」)とし、
その上で、大要「相続人固有の資産から弁済しているから
法定単純承認には当たらない」
と判示しております。
やや特殊なケースではありますが
相続財産と相続債務の関係を考える上で
理解が必要な事案かと思われます。

【※上記決定の理解と当職の誤解について、
コメントを頂いた方、どうもありがとうございました(^^;)】

そもそも放棄か承認かを決めないまま
故人の債務の弁済を行うという場面はやや考えにくいですが、
熟慮期間内に相続債務の弁済を行う場合は、
後の相続放棄の途が閉ざされないようにするため、
相続人自身の財布から(つまり自己名義の預金や現金から)
弁済を行うようにした方が良さそうです。

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【役立つ!】遺言書検認の意味

よく法律相談で聞かれる遺言書。

自筆証書遺言、あるいは秘密証書遺言の場合、
遺言の保管者または遺言を発見した相続人は
遺言者の死亡を知った後「遅滞なく」遺言者の最後の住所地を管轄する
家庭裁判所に、遺言書の検認を申し立てないといけない(民法1004条1項)。

また、封印のある遺言書は勝手に開けてはならず、
家庭裁判所で相続人(又はその代理人)の立会の上開封しなければならない(民法1004条3項)。
封印は通常、秘密証書遺言が多いと思われるが(というか、秘密証書遺言自体は少なかろう。)、
自筆証書遺言でも封印されている場合はこの開封の規定が適用されることになるんだろう。

この検認には二つの目的がある(裁判所のウェブサイト参照)。
①相続人に対して遺言の存在及びその内容を知らせる
②遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名等
 検認の日現在における遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防ぐ。

逆に言えば、この二つの目的しかない。

なので、この検認の手続は遺言そのものの有効・無効とは全く関係がなく
検認後、遺言無効確認がなされる可能性もある。
この点は、当たり前の択一知識だけれど、
相談者はよく誤解しているところなので注意が必要。

ちなみに、作成時に内容について高度なチェック機能が働く公正証書遺言については
検認の手続は適用されない
(民法1004条2項)。

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プロフィール

弁護士中村真

Author:弁護士中村真
神戸の弁護士・中村真(なかむら・まこと)のBLOGです。
かつては複雑な法律問題などをわかりやすい絵で親切に解説しているつもりでしたが、最近はそうでもないです。自宅マンションに鳩が来るのが悩みです。

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