東京電力への賠償請求

1 はじめに

阪神淡路大震災のときもそうだったといいますが、
医療関係者や救助・災害復旧作業に当たられる仕事の方に比べると、
被害直後に法律家ができることっていうのは非常に限られていて、
歯がゆく感じることが多くあります。

今回の震災では、
生命保険・損害保険業界が大規模災害による免責の主張を
行わない旨のアナウンスがなされていることから、
保険金請求の場面でも弁護士が必要となる場面というのは
そんなに出てこないんじゃないかと思われます。

ただ、今回の東北関東大震災では、
福島第一原子力発電所が地震・津波被害を被ったことによっても
結果として恐ろしい範囲で大きな被害・損害が生じています。
この原発事故による賠償については今後大きな問題がなっていくことが予想されます。

2 「原子力損害の賠償に関する法律」について

もっとも、原子力発電所の事故によって生じる被害が
通常の不法行為事案に比べて甚大なものとなることから、
「原子力損害」についての賠償請求手続に関しては、
「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」で特別な手続が制定されています。
このため、原子力損害の賠償請求の際には、
通常一般の事故賠償とは違った配慮が必要になりそうです。

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原賠法の要点は以下の二つです。
①原子力事業者に無過失責任を負わせていること
②原子力損害の賠償責任を原子力事業者のみに限定していること

このうち、①の無過失責任については
原賠法3条1項但書で
「その損害が異常に巨大な天災地変…によって生じたものであるとき」は除かれるとされています。
この点、今回のケースではマグニチュード9.0に達する大地震と
大津波によって引き起こされたものであるため、
普通に考えるとこの「異常に巨大な天災地変」にあたり、
東電の賠償責任が免責されてしまいそうです。

ところが、今回の被害については、
政府は早々に「福島第一原発の被害については(原賠法3条1項但書は)適用されない」
と指摘しています。
(※もっとも具体的に今回の原子力損害賠償の場で、この政府の声明が
  法的にどのような意味を持つのかはまだ不明ですが…。)

また、同じ原賠法3条1項では
「当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。」として、
原子力事業者(つまり、今回の事案では東電)のみを賠償主体と定めています(これが②の責任集中の原則)。
つまり、賠償請求を行う側としては、
現実に福島第一原発の原子炉を運転していた
東電のみを相手にすれば足りることとなります。

通常、大規模な公害事件などだと契約関係や内部的な管理体制が不明なことが多く、
賠償請求の相手方を確認することにも困難な場合が少なくないので、
この規定は被害者の負担軽減という点で大きな意味を持つと言えます。

3 「原子力損害」とは?

では、実際に「原子力損害」とは何か、という点です。

この点、原賠法2条2項に定義規定があり、そこでは
「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用
若しくは毒性的作用(これらを摂取し、又は吸入することにより人体に
中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害」

をいうとされています(ただし、原子力事業者自体の損害は除かれています。)。

判りにくい表現ではありますが、
放射性物質の吸引による健康被害はもちろんのこと、
放射性降下物による諸々の被害(事業の継続不能や風評被害)についても
因果関係が立証できる限り、賠償の対象に入りそうです。

なお、原賠法では、原子力事業者に
原子力損害賠償責任保険への加入を義務づけていますが(原賠法10条)、
東電の場合、新聞等でも報道されているように金1200億円の
賠責保険に加入している模様です。
もっとも、今回の事故の賠償としては金1200億円では到底足りません。

当然のことながら、保険金額を超える損害額については
東電が負担すべきものとなりますが、
これがなされない場合には国が必要な援助を行うものとされています(原賠法16条1項)。

つまり、東電で賠償できない部分については
公的資金注入の可能性が高いわけですが、
これは国が責任の主体となるという意味ではありません。

4 具体的な賠償請求手続

原賠法は民法の特別法であり、
賠償責任の主体や責任の内容(無過失責任)について特に定めたものなので、
同法に定めのない事項については民法の一般原則に従うこととなります。

で、実際の賠償請求については、
まず当事者(つまり被害者と東電)間の交渉・協議が行われるべきことは当然ですが、
これが調わない場合には法的措置を採らざるを得ないこととなります。

この方法としては、
(1)東電に対する民事訴訟
(2)文部科学省の設置する原子力損害賠償紛争審査会の和解仲介制度
の2つの選択肢があります。

このうち、民事訴訟については、
先に書いたように原子力事業者の無過失責任が認められているため、
実際には「損害の発生」「因果関係」の立証が主になろうかと思われます。
(なので、必ずしも請求すれば認められるというような簡単な訴訟ではなさそうです。)

それから、文部科学省の和解仲介制度となると
おそらく多数の被害者をまとめ、一定の基準を制定した上で
和解の交渉を行うことになるのではないかと考えられます。
もっとも、このような和解仲介制度の場合、
得てして各被害者ごとの個別の事情が切り捨てられがちになってしまうため、
内容を十分に検討して訴訟手続を選択しなければならなくなることも考えられます。

5 まとめ

いずれにせよ、現時点では被害発生直後のため、
被害者の側でも損害の全容がつかめていないことが多いのではないかと思われます。
そのため、現時点で行うべきことは、被害の内容を把握し、
その立証のための資料を確保しておくことではないかと思われます。
地震や津波で家財が流されてしまっている場合にも、
できる限り記憶が鮮明なうちに、
地震前の事業の内容を思い出して書き留めておくことが必要と思われます。

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法律は国民総意に勝てない

今回の東京電力の危機は原子力被害とその後の不手際によって
国民の大多数を敵に回していることです。

法律で東電はあるていど守られると経営陣が考えているなら考えていただきたいです。
暴論ですが、国民の多くがその気になれば憲法からして改正することは可能です。その場合は現在のさまざまな法律をすべて被害国民に有利に制定しなおすことも可能です。

あまり、法律ではこうだからと被害者を刺激するのは東京電力の利益にはならないと思われます。
現政権は、人気取りに汲々としている政権です。
別の弁護士に、判断は最高裁判所が決めるものと述べていらっしゃる方がいましたが、立法府は国会です。
国民感情をさかなでするような対応は得策ではないと思います。

Re: 法律は国民総意に勝てない

> 今回の東京電力の危機は原子力被害とその後の不手際によって
> 国民の大多数を敵に回していることです。
本当にその通りだと思います。
特に、今後問題になっていくところは
非常用電源の管理不適切等の「人災」といわれているところ。
ここが免責が認められるか否かという争点に影響してくる可能性もあるのかなと
思っています。

> あまり、法律ではこうだからと被害者を刺激するのは東京電力の利益にはならないと思われます。
> 現政権は、人気取りに汲々としている政権です。
> 別の弁護士に、判断は最高裁判所が決めるものと述べていらっしゃる方がいましたが、立法府は国会です。
> 国民感情をさかなでするような対応は得策ではないと思います。
実際に、東京で提起された訴訟では、
東電側は免責主張をしているという報道がなされていましたね。
ここも当初の政府見解と違ってきているようです。

被害に遭われた方の救済がきちんと果たされるような
迅速な対応が必要になりますね。

Re: 訂正

> はじめまして。
> 2の
> <現実に福岡第一原発の原子炉を運転
> の部分は福島第一原発では、ありませんか?
> 折角の説明が・・・と感じ、お節介かと思いましたが、コメントさせていただきます。
> 失礼致しました。
ほんとだ!
大変失礼致しました。早速訂正させて頂きました(^^;)
ご指摘、ありがとうございます。
プロフィール

弁護士中村真

Author:弁護士中村真
神戸の弁護士・中村真(なかむら・まこと)のBLOGです。
かつては複雑な法律問題などをわかりやすい絵で親切に解説しているつもりでしたが、最近はそうでもないです。自宅マンションに鳩が来るのが悩みです。

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